衆議院議員加藤公一
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プロフィール 決意 写真集


略歴
1964年
(昭和39年)
東京オリンピックの年に東京神田に生まれる。
 祖父が建設材料の卸問屋を営んでいたため、小さいころから商売に接して育ちました。
1977年
(昭和52年)
千代田区立佐久間小学校卒業。
 プロを夢みるほど上手ではありませんでしたが、野球に夢中になっていました。
1980年
(昭和55年)
私立駒場東邦中学校卒業。
 グランドの広い学校に行きたいという一念で受験。運良く合格できました。
 入学後、すぐサッカー部に入部。今でもサッカーは大好きです。
1983年
(昭和58年)
私立駒場東邦高等学校卒業。
 サッカーを続けながら、ロックバンドでドラムを担当したりもしました。
1988年
(昭和63年)
上智大学理工学部電気電子工学科卒業。
 医療機器の研究をして、大病に苦しむ患者さんを楽にしてあげたいと真剣に考え、電子工学を専攻しました。
 在学中、わずかな資金を もとに、ヨーロッパへ貧乏旅行に出かけたりもしました。
 志のとおりの卒業論文を書きましたが、技術者としてよりも他の手段で社会に貢献したほうが自分には向いていると考え、就職に臨みました。
1988年
(昭和63年)
株式会社リクルート入社。
 自由な社風と若くても責任ある仕事を任せられることに共感して入社を決めました。人事部で新卒者の採用と内定者の教育を担当。その後、就職情報誌の営業を経験しました。すばらしいお客様との出会いがたくさんあり、とてもよい勉強をさせていただきました。
1994年
(平成6年)
30歳で課長を拝命。
 本社の企画室へ異動してからは、就職や独立、起業に関する新商品、新規事業の立ち上げからイベントの企画運営、マーケット調査、労働市場に関する情報誌の編集などに取り組み、現在につながる貴重な経験をしました。
 30歳の時、課長を拝命。仕事の幅も広がり、またマネージメントに関する基盤を身に付けたように思います。
 サラリーマン時代にも、趣味の旅行は続きます。休みのたびにどこかへ出かけていました。
1996年
(平成8年)
株式会社リクルートを円満退社。
 社内外の多くの方から「もったいない」とのお言葉をいただきましたが、チャンスがあるのに挑戦しないのはもっと「もったいない」と確信し、未知の世界である政治活動に打ち込む決意をしました。その後、初当選まで4年2ヶ月の浪人期間を過ごすことになります。
2000年
(平成12年)
第42回衆議院総選挙にて初当選。
 衆議院議員選挙に民主党公認で出馬。4期目をねらう現職政務次官と前回現職にせり負けた自民党系候補という強敵を相手に苦戦の連続でしたが、最終的には総投票数の40パーセント近くの93236票をいただき、初当選することができました。
2003年
(平成15年)
第43回衆議院総選挙にて二度目の当選。
 民主党副幹事長、政策調査会副会長など党の重要な仕事も任されるようになってきました。
2005年
(平成17年)
第44回衆議院総選挙にて三度目の当選。
 衆議院議院運営委員会の野党次席理事として国会の最前線で活躍。
2009年
(平成21年)
第45回衆議院総選挙にて四度目の当選。
 法務副大臣を務めた後、内閣総理大臣補佐官に任命される。